言うまでもなく、地震は恐ろしい自然災害の一つです。また、人類の歴史のなかで、地震予知は科学者たちにとって大きな挑戦課題の一つでした。
近年、デジタル技術やIT、IoT、AIの発達と導入によって、地震予知の分野に新たな可能性が開かれつつあると言われています。
そこで、本記事では、地震予知の変遷とAI技術による予測についてまとめてみました。
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1. まず、地震予知の歴史から
1-1 科学的な地震予知のはじまり
地震予知の試みは古くから行われてきました。古代中国では紀元前から研究が行われ、天体の動きや、動物の異常な行動などを観察して地震を予測しようとしていたようです。
日本では、地下にいる大ナマズ(地震ナマズ)が動くと地震が起きるという民間信仰があり、1855年の安政大地震後には「ナマズ絵」が流行しています。翌1856年には、山崎美成が当時の地震や防災に関する知識をまとめた『大地震暦年考』が刊行されています。このように様々な形で地震予知を試みる動きがありました。
科学的な地震予知の取り組みが本格化したのは、19世紀後半からです。日本では、1880年の横浜地震と1891年の濃尾地震が契機とされています。
横浜地震が発生した1880年は、元号で表すと明治13年。発生したのは2月22日の深夜でした。マグニチュードが5.5~6.0ほどで、正直、そこまで大きい揺れではありませんでした。しかし、開国から10年がたっており、来日していた地震経験の少ない外国人にとって、衝撃的なものだったようです。
その結果、世界初の地震学を専門とする学会「地震学会」が設立されました。アメリカより30年早かったそうです。
1891(明治24)年には、マグニチュード8.0の日本史上最大の直下型地震である濃尾地震が発生し、「震災予防調査会」が設立されました。そして、1923年(大正12年)9月1日に発生したマグニチュード7.9と推定される関東地震(関東大震災)がきっかけとなり、日本政府も地震予知研究に本格的に取り組むようなったのです。ここから科学的な地震研究が進展していくことになります。
1-2 科学的アプローチの進化
地震への科学的アプローチは、まず、地震により発生した地面の動きを計測する「地震計」の進化からはじまったといえるかもしれません。世界初の地震計は、中国の後漢時代の張衡によって作られたとされています。
近代的で実用性の高い地震計は日本で誕生しました。1880年に、東京大学理学部で円盤記録式地震計が製作されています。さらに、1960年代から1970年代にかけ、地殻変動や地下水の変化を観測したり、地震電磁気学の研究が進んだりするなど、多角的なアプローチが試みられるようになりました。1969年に設立された「地震予知連絡会」は、日本の地震予知研究の中心的役割を果たしています。
1-3 現在の「地震予知」は?
このように科学的なアプローチを取り入れることで、地震予知の手法が確立されていきました。現在では、地震予知とは、科学的方法によって、地震が発生する場所と規模、規模、時期を論理的に予測することをいいます。
先に結論をお伝えすると、2024年の時点で、「いつ、どこで、どんな大きさの地震が来る」といった短期的で正確な地震予知はできていません。地震がいつくるかわからないと考え、日頃からしっかり備えておくことが何よりも大切になってきます。
1-4 成功例と失敗例
地震予知がピタリと的中した事例もあります。最も有名なのが、1975年2月4日に中国で発生したマグニチュード7.3の海城地震です。地元当局は地磁気の異常などを地震の前兆現象と判断、地震発生の数時間前に避難命令を出し、多くの人命が救われたとされています。
他にも動物の異常な行動、地鳴り、発光現象、変わった雲の出現なども報告されていたようですが、人間の感覚に基づいた非科学的なものも多く、地震との因果関係は不明です。その後の研究では、海城地震の予測成功は偶然の要素が大きかったといった指摘もあります。実際、1976年に発生した、マグニチュード7.6の唐山地震の予知には残念ながら失敗しています。
実は、こういった流れは日本においても同様です。1976年に有名な「東海地震説」が発表されました。これは地震の発生周期などから考えて、東海地方(駿河湾)で大規模な地震が発生する可能性が高いという予測です。これにしたがい、東海地方の地震観測態勢は強化されましたが、予測された地震は発生していません。
あえて付け加えるとするならば、1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)、2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)、2024年の能登半島地震も正確な予知はできませんでした。
2. 地震予知のデジタル化とIT化
2-1 デジタル技術の導入
1990年代ごろから、同時期に大きく発達したコンピュータ技術を導入することで、地震予知研究は新たな段階に入っています。大量のデータを高速で処理できるようになり、より精密な地殻変動の観測が可能になったのです。
とくに、GPS(Global Positioning System:全地球測位システム)の導入は革命的だったとされています。日本では全国に約1,240点のGPS観測点が設置され、地殻変動を小さな単位で測定できるようになりました。また、人工衛星からの地表観測データも活用されるようになり、広範囲の地殻変動が捉えられるようにもなりました。
2-2 データ解析とアルゴリズムの発展
デジタル技術の発展に伴い、さまざまなデータ解析手法も発達していきます。例えば、ロシア科学アカデミーとカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)が開発した「M8アルゴリズム」があります。これは過去の地震データから特徴的なパターンを抽出して、マグニチュード8クラスの地震を予測する手法です。
Hi-net 高感度地震観測網
日本では、地震の観測網が世界一と言われるほど発達していて、これを大いに活用しています。なかでも「Hi-net」(ハイネット)(High Sensitivity Seismograph Network Japan:高感度地震観測網)がよく知られています。防災科学技術研究所(防災科研)によって1995年にはじめられました。全国に800を超える観測点があり、データは、気象庁による緊急地震速報や地震発生後の震源決定にも活用されています。
強震観測網(K-NET,KiK-net)
「強震観測網」(K-NET,KiK-net)も有名です。こちらも防災科学技術研究所によるものです。被害を発生させるレベルの強い揺れ(強震動)を確実に記録するため、強い震動でも計測データを取ることができる観測網として作られました。もともと別に運用されていた、1996年にスタートした「K-NET」(Kyoshin Network:全国強震観測網)と「KiK-net」(Kiban Kyoshin Network:基盤強震観測網)が、2008年6月に統合され「強震観測網」(K-NET,KiK-net)となっています。
CREST次世代インテリジェント地震波動解析
解析方法を進化させる試みも活発です。「CREST次世代インテリジェント地震波動解析」は、公的な機関が運営する国内1,000カ所以上の地震観測点に加え、民間が所有する数1,000カ所を超える地震計や、スマホに搭載されている振動計のデータを取りまとめた"地震ビッグデータ"を効率よく解析するアルゴリズムを開発するプロジェクトです。
JST CREST "iSeisBayes":次世代地震計と最先端ベイズ統計学との融合による インテリジェント地震波動解析
2-3 トレンドと研究課題
前述したように、現在の地震予知研究は、多様なデータソースを統合的に分析する傾向が強まっています。地震波データ、GPS観測、電磁気観測、地下水の変化など、様々なデータを組み合わせて総合的に判断する手法が主流といってよいと思います。
しかし、依然として課題も多く残されています。データの量は、以前に比べて飛躍的に増え、データの質も向上しましたが、地震発生のメカニズムが完全に解明されておらず、様々な説が展開されています。地震のメカニズムを明らかにすることが、最大の研究課題なのかもしれません。
3. AIによる地震予測の現状
3-1 AIの導入とその背景
最近の人工知能(AI)技術の急速な発展は、地震予知の分野にも大きな影響を与えています。従来の統計的手法では扱いきれなかった複雑なパターンや相関関係を、AIが見出す可能性があると期待されているのでしょう。
2018年、地震科学探査機構(JESEA)は、AIを用いた地震予測の実用化に関する発表を行い、地震予測アプリ「MEGA地震予測」をスタートさせました。GPSデータを使ってAIが地殻変動を分析し、地震の前兆を捉えて地震予測を行っており、公式サイトによると2022年は、21件の予測を発出して15件が的中し、その率は71.4%だったとのことです。
3-2 海外の事例と実績
AIによる地震予測の研究は世界中で行われています。最近の報道で注目されたのが、アメリカのテキサス大学オースティン校の研究チームによる成果です。2023年10月5日には、中国において、同校の研究チームが開発したAIアルゴリズムが、地震発生の1週間前に70%の地震を予測したと発表しています。
このAIは、過去の地震とリアルタイムの地震データから、統計的な変動を検出するように訓練されており、研究チームは、この技術が将来的に世界中の地震予測に応用できる可能性があると述べています。
3-3 現在のAIによる地震予測の精度と実用性は?
AIによる地震予測の精度は着実に向上していますが、まだ完全とは言えません。前述のテキサス大学の研究では70%の成功率を達成していますが、現時点では、特定の地域と条件下での結果といえます。日本の「MEGA地震予測」も、71.4%と一定の成果を上げています。
しかし、すべての地震を正確に予測できているわけではありません。AIは地震予知の強力なツールの一つとして位置づけられています。今後、AIは観測データの解析に大いに活用されていくでしょう。
4. 地震予測の今後の課題
4-1 2024年8月8日、日向灘で地震発生
2024年8月8日、宮崎県の日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生しました。この地震は宮崎県の日南市で最大震度6弱を記録しました。
津波の心配はありませんでしたが、「南海トラフ地震」の想定震源域に位置していたこともあり、気象庁は大地震の発生可能性が通常よりも高まっているとして「巨大地震注意」を発表し、不安が広がりました。南海トラフ地震の影響があると予測される地域では、旅行のキャンセルなどが相次いだようです。
様々な観測や予測がされていますが、今回の日向灘を震源とする地震を事前に予知することはできませんでした。地震予知は依然として非常に難しい問題であることがわかります。
4-2 南海トラフ地震とは
南海トラフ地震は、日本の太平洋沿岸に位置する南海トラフで発生する可能性のある巨大地震です。この地域は、過去にも大規模な地震を引き起こしてきた歴史があります。南海トラフ地震に関する臨時情報には、「巨大地震警戒」「巨大地震注意」「調査終了」の3つの段階があり、今回、はじめて「巨大地震注意」が出されました。
内閣府防災情報ページには、これらの臨時情報が出されたとき、何をすればいいのかがまとめられています。
なお、南海トラフ地震については、気象庁のWEBページに情報がまとめられていますので、確認してみてください。
▼IT企業のBCP対策についてはこちらの記事をご覧ください。
まとめ
地震予知の歴史は長く、科学技術の発展とともに進化してきました。太古の素朴な観察からはじまり、現在ではAI技術を駆使した高度な予測システムまで登場しています。今後、AI技術のさらなる発展と、地震メカニズムの解明が進めば、地震予知の精度は向上していくでしょう。
しかし、完全な予測が可能になるまでは、私たち一人ひとりの防災準備と備える意識が最も重要であることを忘れないようにしましょう。
技術の進歩と人間の判断力を適切に組み合わせることで、より安全な社会の実現を目指していくことが大切だと思います。